【幼虫】3話~欲求~

「今週の土曜日、岡本君の家に行っていい?」

 中学二年生になる頃には、部活友達の家によく遊びに行くようになり、プレイステーション任天堂64に熱中した。友人宅にはゲームが何十本も、ゲームカードが何百枚もあり私の心をくすぐった。

 一方で私は、自分の部屋も割り当てられておらず、ゲームは勿論、一枚のカードも、ましてやテレビなんて一家に一台しかなく、とても人を呼べる状況では無かった。当時の中学生の遊びにはゲームが必需品だった。「部屋がなくて」なんて恥ずかしくてとても言えず、「父親が厳しく家で遊べない」と皆に嘘をつき、決して自宅に友人など呼ばなかった。

 私の家は、父が三交代の工場勤務、母が看護師であった。二人とも夜勤が多く、皆が揃う機会はあまりなかった。両親には住宅ローンやマイカーローンがあったようだが、子供二人の四人家族であり、普通では金銭的に不自由はないはずだが、両親ともに金遣いが荒く、「お金が無い」が母の口癖だった。よって、部活以外で何かをおねだりしたことは一度もなかった。「自分の部屋が欲しい。テレビゲームを買って欲しい」の一言が毎日喉の奥まで昇ってきていたが、それを唾と一緒に飲み込んだ。

 そうして欲望を我慢していた私だったが、ある日転機が起きた。

 中学三年の夏、高校受験の話題が出始めた頃、母親から「そう言えば、勉強は大丈夫?近所の普通科高校に行けるの?」と私の勉強を心配する発言があった。…いや、正確には、母は見栄はりであったため、「知り合いの子供が進学校に進学し、自分の息子がそれより低い偏差値の高校に行くことを恐れていた」だけであった。どこかで同級生の親と出会い、高校進学の話でもしたのだろう。従来、私に無関心だった母の性格は十分承知しており、表情と声色だけで「それ」は直ぐに分かった。

 私はそもそも勉強が不得意ではなく、試験で上位50番以内に必ず入っていたことから、該当の高校には楽に行ける水準である事が分かっていた。母の希望に沿える状況であったが、母の心理につけ込み、人生初めての「嘘」をついた。

 「今のままでは難しい。一生懸命やっても皆に追い付けない。そう言えば塾の賢い友達に聞いたら、『お父さんやお母さんと約束して、テストで30番以内になったらゲームを買ってもらう』とかのルールを作ってやってるみたいなんだ。そういうやり方が良いって塾の先生も言ってたよ」

 母親の反応は鼻から完全に予想が出来ていた。返ってきた言葉は「友達よりも良い成績にならなくちゃ。何か欲しいものある?お母さんと約束して」だった。

 私はこう答えた。「皆持ってるし、自分の部屋が欲しいな。30番以内に入れたらお願いします。二階の小さい部屋で良いから」

 こうしてうまいこと約束を取り付けた。中間テストの結果次第で、自宅二階六畳物置部屋は私のものになる。振り返ればこの出来事が、「人の心理を探り、言葉巧みに平然と騙す」ことのきっかけになったのかもしれない。